経理や税務の仕事は、AIでどこまで置き換わるのか。僕の結論はわりとはっきりしていて、「誰がやっても同じ結果になる作業」はほぼ全部AIに寄っていきます。ただし、それでも人が見続けなければいけない領域が確実に残る。今回はその線引きを、制度の側で実際に起きている変化と一緒に整理してみます。
まず僕の見立て「考える余地がない作業」はAIに寄る
経理も税務も、置き換わる部分と置き換わらない部分があります。これは実はどの業界でも同じ構造で、分かれ目は「そこに考える余地があるかどうか」。決められたルールどおりに何かを入力する、誰がやっても同じアウトプットになる——そういう工程は、原理的にすべてAIで置き換えられる領域だと思っています。
分かれ目は「作業」か「判断」か
ここで言う「作業」は、手が動いているだけの工程のこと。証憑を見てシステムに打ち込む、決まった科目に振り分ける、前月と同じ処理を繰り返す。こうした工程は、担当者が誰であっても正解が一つに定まります。正解が一つに定まる仕事は、機械のほうが速くて安くて疲れません。
逆に「判断」は、前提の置き方で答えが変わる工程。この取引をどう見るか、この支出は何の対価なのか、この見積りの前提は妥当か。ここは事実認定が絡むので、正解が一つに定まりません。だから残ります。
僕が絶対にAIに渡さない二つの端
個人的な運用として、僕はAIに渡さない工程を二つ決めています。ひとつは0から1、というより0から0.1のところ。次のミーティングで何を話すか、どこを大事にするか、という着想の部分です。もうひとつは99から100、999から1000のところ。出来上がったものを人に届ける、その直前の仕上げです。
その間、つまり1から10、10から100に持っていく工程——表現を整える、資料の形にする、体裁をそろえる——は、おそらく人の千倍くらいAIを使っています。自分が納得しきっていない資料のまま人と話すと、その先のコミュニケーションが全部中途半端になる。だから両端だけは自分で持つ、という設計です。
制度の側も、すでにAI前提の設計に寄っている
これは感覚論ではなく、制度の側が実際にそう動いています。ここは正確に押さえておきたいところです。
電子取引データは、すでに電子保存が義務
電子帳簿保存法には「電子帳簿等保存」「スキャナ保存」「電子取引データ保存」の三つの区分がありますが、このうち義務化されているのは電子取引データ保存だけです。2024年1月1日以後、メールやウェブ経由で授受した請求書・領収書などは、原則としてデータのまま保存する必要があります。
保存要件どおりにできない相当の理由があると所轄税務署長に認められ、かつ調査時にデータのダウンロードの求めと書面の提示・提出の求めに応じられる場合には猶予措置がありますが、あくまで例外扱い。データが正となる方向に、実務の土台そのものが移っています。
スキャナ保存の要件は緩和され、ハードルが下がった
紙で受け取った書類をスキャンして保存するスキャナ保存についても、令和5年度税制改正で入力者等の情報の確認要件などが廃止され、導入のハードルが下がりました。読み取り工程を機械に任せる前提で制度が組み直されている、と読むのが素直です。
あわせて、消費税の実務も転換点にあります。インボイス発行事業者となった小規模事業者の負担軽減措置である2割特例は、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日が属する各課税期間が対象。つまり多くの事業者にとって、この先は本則課税か簡易課税かを自分で選び直す局面が来ます。簡易課税を選ぶ場合の届出期限もあるため、ここは判断が要る領域です。
【早見表】経理・税務の工程を「置き換わる/残る」で仕分けする
抽象論のままだと動けないので、経理・税務の主な工程を、いまのAI適性で仕分けしてみます。ここは僕の見立てです。
工程別・置き換わりやすさの早見表
| 工程 | いまのAI適性 | 見立て | 人に残る中身 |
|---|---|---|---|
| 請求書・領収書のデータ化 | 高 | ほぼ置き換わる | 読み取り結果の例外チェック |
| 定型・反復取引の仕訳起票 | 高 | ほぼ置き換わる | 新規・イレギュラー取引の初回判断 |
| 入金消込・債権債務の突合 | 高 | ほぼ置き換わる | 差異が出たときの原因追跡 |
| 経費精算の規程チェック | 中〜高 | 大半が置き換わる | 規程そのものの設計・改定 |
| 月次の増減分析(ざっくり見る) | 中〜高 | 下書きは任せられる | 違和感の察知と深掘り |
| 紙・手書き・非定型書式の証憑処理 | 中 | 残りやすい | 読み取り結果を人が見続ける |
| 税務判断(適用可否・区分の判定) | 低〜中 | 残る | 事実認定と条文へのあてはめ |
| 調査対応・当局への説明 | 低 | 残る | 説明責任と交渉 |
| 会計方針・見積りの決定 | 低 | 残る | 前提の設定と合理性の説明 |
| 経営への報告・示唆出し | 低〜中 | 残る | 何を伝えるかの着想(0→1) |
表の読み方——「残る」の中身は監視・判断・説明
上から順に見ていくと、「残る」と書いた工程の中身は、だいたい三つに収れんします。機械の出力を見続ける監視、前提を置き直す判断、そして第三者に説明する責任。逆に言えば、この三つに当たらない工程は、遅かれ早かれ手放す前提で設計したほうがいい、ということでもあります。
それでも「人が見続ける」工程が残る理由
ここが今回いちばん伝えたい部分です。実態としては単なる作業なのに、人が見続けなければならない工程が残る。理由は二つあります。
紙まわりの煩雑さは、精度が上がっても消えない
日本の商慣行では、紙の証憑の扱いがとにかく煩雑です。手書きの但し書き、事業者ごとにバラバラな書式、感熱紙のかすれ、複数枚がまとめて綴じられた綴り。AI-OCRの精度はここ数年で本当に高くなりましたが、「精度が高い」と「経理・税務の全領域でそのまま任せられる水準」は別の話です。
だから、読み取り自体は機械がやるとしても、その出力を人間が見続ける工程はしばらく残ります。実質は作業なんだけれど、なくならない作業。ここを「いずれ消えるから」と軽く見ていると、月次が締まらなくなります。
誤りのコストが非対称だから
もうひとつは、間違えたときのコストの非対称性。仕訳の取り違えや税区分の誤りは、後から修正申告・更正の請求・調査対応という形で、作業時間の何十倍ものコストになって返ってきます。一方で、機械の出力をチェックするコストは相対的に小さい。この非対称性がある限り、最終確認を人が持つ設計は合理的です。
じゃあ実務はどう組み替えるか
結論が出たところで、明日から手をつけられる形にしておきます。
業務を三層に分けて、渡す層を決める
おすすめは、自分の担当業務を「着想(0→1)」「量産(1→100)」「仕上げ・説明(99→100)」の三層に分けて棚卸しすること。そのうえで、真ん中の量産層は迷わず機械に渡す。両端は自分で持つ。この分け方は経理・税務に限らず、たいていの仕事にそのまま当てはまります。
周りを見ていると、0→1のところまでAIに任せてしまっている人が意外と多くて、大抵うまくいっていません。着想を外注すると、そのあと何を作っても自分の言葉にならないからです。
チェック工程は「全件目視」から「例外検知」へ
人が見続ける工程が残るとしても、やり方は変えられます。全件を同じ濃度で目視するのではなく、金額の大きいもの・初回取引・過去と傾向が違うもの・非定型書式のものに絞って厚く見る。残りはサンプリングで足りる。監視の対象を「全部」から「例外」に切り替えるだけで、同じ人数でも見られる範囲がまるで変わります。
まとめ
経理・税務の「作業」は、基本的にすべてAIに寄ります。数字をざっくり見るところも、もう任せて問題ない。それでも、紙まわりの証憑を人が見続ける工程と、事実認定・説明責任が絡む判断は残ります。だから怖がる話ではなくて、どの層を渡してどの層を自分で持つかを、いま決めておく話。着想と仕上げだけは、手放さないでいたいと思っています。
※本記事は執筆時点の情報にもとづきます。税制・制度は変わることがあるので、最新は国税庁等の公式情報でご確認ください。一般的な情報提供であり、個別の税務相談ではありません。
note には、仕事やキャリアの考えごとを書いています
公認会計士・税理士として実務で見ていること、キャリアで迷ったこと、お金との距離感。答えの出ていない話も含めて置いています。

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