住宅ローンの繰上返済をするかどうか。この話、僕の中ではもう結論が出ていて、基本的にする必要はないと思っています。日本の住宅ローンは金利がめちゃくちゃ低くて、しかも団体信用生命保険まで付いている。そんなスペシャルな金融商品を、なぜわざわざ早く手放してしまうのか。ただ2026年に入って金利は明確に上がってきました。その前提でも結論は変わらないのか、数字と制度で確かめます。
繰上返済で手放しているものを、先に並べる
繰上返済の話は、たいてい「利息がいくら減るか」から始まります。ただ、減るものだけを見て判断するのは片手落ち。まず、繰上返済によって失う側に何があるのかを並べるところから始めます。
失うもの①:年末残高×0.7%の控除
住宅ローン控除は、その年の12月31日時点のローン残高に0.7%を掛けた金額が、所得税(引き切れない分は住民税の一部)から差し引かれる制度。新築や買取再販なら控除期間は13年です。2025年12月の税制改正で適用期限が5年延長され、2026年1月1日から2030年12月31日までの入居が対象になりました。
ポイントは、控除額の計算基礎が年末残高だという一点。繰上返済で残高を減らすと、その年以降の控除額もそのまま減ります。500万円を繰上返済すれば、控除額は年3.5万円ずつ小さくなる計算。控除期間が残り10年あるなら、単純計算で35万円分の控除を自分で消していることになります。
失うもの②:団信という、実質タダの死亡保障
住宅ローンにはたいてい団体信用生命保険が付いています。契約者に万一のことがあれば残債が完済され、家族には家が残る仕組み。金利に含まれている場合がほとんどなので、追加の保険料負担なしで数千万円の死亡保障を持っている状態です。
繰上返済で残債を減らすということは、この保障額を自分の手で削っているということでもあります。同じ保障を生命保険で買い直そうとすれば、当然それなりの保険料がかかる。ここは損得計算からすっぽり抜け落ちやすいところ。
失うもの③:手元のキャッシュ
そして最大のものがこれ。一度返済に充てたお金は、原則として戻ってきません。教育費が想定を超えた、転職で収入が一時的に落ちた、親の介護が始まった。そういう場面で効くのはキャッシュだけです。繰上返済は「利息を減らす」と同時に「流動性をゼロにする」行為でもあります。
2026年、金利が上がっても結論は変わるのか
ここまでは低金利を前提にした話。ただ2026年の環境は明確に変わりました。前提を更新したうえで、もう一度計算してみます。
変動金利は年1%台に乗ってきた
2026年8月時点で、変動金利はメガバンク平均で年1.082%、ネット銀行でも年0.99%〜1.20%程度。地方銀行の平均は年1.227%です。日銀の政策金利は2026年6月の金融政策決定会合で0.75%から1.00%へ引き上げられ、現在は1.00%程度。この先については、日銀自身が利上げの時期や到達水準を示しているわけではありません。民間の予想では年内にもう一段(1.25%へ)という見方が複数ありますが、時期は9月から12月まで幅があり、12月をメインシナリオに置く見方が比較的多いという状況。さらに1.25%は中立金利を超えてくる水準という指摘もあり、そこから先はいっそう読みにくくなります。いずれにせよ、6月の利上げ分がまだ反映されていない銀行では、この秋にさらに0.25%程度の上昇を想定しておくのが自然でしょう。
(出典:日本銀行/第一生命経済研究所「政策金利1.00%への引き上げ ~2026年6月の日銀金融政策決定会合~」/モゲチェック「住宅ローン金利2026年8月の最新動向」/各行公表金利)
かつて変動金利0.4%台が当たり前だった頃は、金利0.4%に対して控除0.7%という完全な逆ザヤでした。借りているだけで手取りが増える状態。その前提はもう終わりつつあります。
金利別・繰上返済の「実質利回り」早見表
繰上返済は、投資に置き換えると「ローン金利と同じ利回りが確実に得られる運用」と表現できます。ただし控除期間中は、その利回りから0.7%が差し引かれる。整理するとこうなります。
| 変動金利 | 控除期間中の実質利回り | 控除終了後の実質利回り |
|---|---|---|
| 年0.5% | −0.2%(やるだけ損) | +0.5% |
| 年0.7% | ±0%(損得なし) | +0.7% |
| 年1.0% | +0.3% | +1.0% |
| 年1.5% | +0.8% | +1.5% |
| 年2.0% | +1.3% | +2.0% |
※控除限度額の範囲内で、所得税・住民税から満額引き切れている人を前提とした概算です。所得が低く控除を使い切れていない場合、控除減のマイナスは小さくなります。
金利1.0%でも、控除期間中の繰上返済は実質0.3%の運用にしかなりません。500万円を投じて年1.5万円。この数字をどう見るかがすべてです。
500万円の使い道を並べてみる
| 500万円の使い道 | 控除期間中の年間効果(金利1.0%) | 控除終了後の年間効果 |
|---|---|---|
| 繰上返済 | 利息減+5.0万円 控除減−3.5万円=+1.5万円 | +5.0万円 |
| 現金のまま保有 | ほぼ0円(ただし流動性は最大) | ほぼ0円 |
| 非課税枠で運用(年4%想定) | +20万円 ※値動きあり・元本保証なし | +20万円 |
運用側の年4%はあくまで想定であって、約束された数字ではありません。翌年マイナス20%ということも普通に起こります。ただ、確実に得られる0.3%と、リスクを取って狙う数%。25年という時間軸を持てる人にとって、どちらに寄せるべきかという判断は、そう難しくないと思っています。
【要注意】期間短縮型の繰上返済で、控除がまるごと消える
ここからが、実務でいちばん見落とされているところ。金額の損得以前に、やり方を間違えると控除そのものを失うという落とし穴があります。
「償還期間10年以上」という適用要件
住宅ローン控除の対象になる借入金には、「償還期間が10年以上の割賦償還の方法によるもの」という要件があります。そして国税庁の質疑応答事例では、繰上返済によってこの償還期間が10年未満になった場合、その年以後は控除を受けられないと明示されています。
ここで言う償還期間は、最初に返済した月から最終返済月までの期間。繰上返済後の残り期間ではありません。つまり、期間短縮型で最終返済日を前倒しした結果、返済開始月から数えて10年に届かなくなると、その瞬間にアウトということ。
具体例:1か月足りずに13年分を失う
たとえば2021年3月に返済を開始した人が、期間短縮型の繰上返済で最終返済月を2031年2月から2031年1月へ前倒ししたとします。返済開始からの期間は9年11か月。わずか1か月足りないだけで、その年以後の控除は一切使えなくなります。控除期間13年の後半をまるごと失う計算です。
| 繰上返済の方式 | 最終返済日 | 控除への影響 |
|---|---|---|
| 期間短縮型 | 前倒しになる | 償還期間が10年未満になるとその年以後の控除が消滅 |
| 返済額軽減型 | 変わらない | 償還期間は短縮されないため、この論点は生じない |
利息削減効果だけを見れば期間短縮型のほうが有利なのは事実です。ただ控除期間中に限っては、リスクの所在がまるで違う。どうしても繰上返済したいなら、控除期間中は返済額軽減型を選ぶか、そもそも控除が終わる年まで待つ。これが安全側の判断です。
(出典:国税庁 質疑応答事例「繰上返済等をした場合の償還期間」)
繰上返済より先に、埋めるべき枠がある
仮に繰上返済に回せる余裕資金があるなら、僕はまず非課税枠を使い切るほうを勧めます。理由は利回りの高低だけではありません。
非課税枠は、使わなかった年の分が戻ってこない
新NISAのつみたて投資枠は年120万円(月10万円)、成長投資枠は年240万円。この年間投資枠は、その年に使わなければ翌年に繰り越せません。iDeCoも同じで、拠出しなかった月の枠は基本的に消えます。
一方、繰上返済は来年でも再来年でもできます。期限のあるものを先に、いつでもできるものを後に。順番として自然なのはこちらです。国が20%近い税率分の下駄を履かせてくれる制度が用意されているのに、それを空けたまま金利1%のローンを前倒しで返す。どうにも順番が逆に見えます。
2026年12月の改正で、iDeCoの枠はさらに広がる
2026年12月施行の制度改正により、会社員・公務員のiDeCo拠出限度額は月6.2万円へ引き上げられます(企業年金がある場合も合算して6.2万円、2027年1月引落分から適用)。加入可能年齢も原則65歳未満から70歳未満へ拡大。第1号被保険者は月7.5万円となる予定です。
iDeCoは掛金が全額所得控除になるため、所得税・住民税を合わせた税率が20%の人なら、拠出した時点で20%の確定リターンが出ているのと同じ。この効率は、金利1%のローンを返す話とは比較になりません。まだ受け皿の口座がないなら、ネット証券でつみたての口座を開いておく(PR)ところから始めるのが早いです。
(出典:厚生労働省/各運営管理機関の公表資料)
ただしiDeCoは、一度入れたお金を原則60歳まで引き出せません。未来まで現金を封印する制度でもあるので、生活防衛資金を確保したうえで、という前提は外さないでください。
それでも繰上返済が正解になるケース
ここまで否定的に書いてきましたが、繰上返済が合理的になる場面はもちろんあります。むしろ、次のどれかに当てはまるなら迷わずやるべきです。
①控除期間が終わっていて、金利が上がってきた
控除が終われば、繰上返済の実質利回りはローン金利そのもの。変動金利が年1.5%、2%と上がっていく局面で、確実に1.5〜2%の利回りが取れるなら、これは十分に魅力的な選択肢です。運用と違って値動きもありません。
②返済比率が高く、金利上昇に耐えられない
年収に対する返済額の比率が高い状態で変動金利を借りていると、金利上昇がそのまま家計の危機になります。変動金利には5年ルール・125%ルールがある一方、未払利息が積み上がる可能性もある。この状態なら、利回りの議論以前にリスクを下げるべきで、繰上返済は正しい防衛策です。
③返済が続くこと自体がストレスになっている
これは数字の話ではありませんが、無視できない要素です。ローンが残っていることが気になって眠れない、新しい挑戦ができない。そういう状態なら、多少不利でも返してしまったほうが人生の総和としてプラスになることは普通にあります。お金の判断は、最終的にどう生きたいかに従属するもの。
まとめ:順番の問題として考える
結論としては、控除期間中の繰上返済は基本的に急がなくていい、というのが僕の立場です。金利が1%台に乗った2026年でも、控除0.7%と団信を差し引けば実質0.3%。そこに大切なキャッシュを投じる理由は、まだ見つかりません。まずは非課税枠を満額埋める。それでも余って仕方ないから返す、という順番なら納得できます。ただし期間短縮型の10年ルールだけは別枠で、これは損得ではなく事故の話。やるなら方式と時期を必ず確認してください。
※本記事は執筆時点の情報にもとづきます。税制・制度は変わることがあるので、最新は国税庁等の公式情報でご確認ください。一般的な情報提供であり、個別の税務相談ではありません。
note には、仕事やキャリアの考えごとを書いています
公認会計士・税理士として実務で見ていること、キャリアで迷ったこと、お金との距離感。答えの出ていない話も含めて置いています。

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