2026年10月1日から「保険料調整制度」が始まりました。短時間で働く人の健康保険料・厚生年金保険料について、本人の負担だけを通算3年間軽くする制度です。軽くなった分は勤め先がいったん立て替えます。あまり報じられていませんが、2026年10月の社会保険まわりの改正では、手取りに直接効く数少ない仕組みです。
正直に言うと、僕は年収の壁をめぐる議論そのものが、だいぶ過大評価されていると思っています。壁があるからこう働く、こう働かない。その発想自体があまり幸せな話ではない気がするんです。この制度も、就業調整を保険料の軽減で解こうとしている点では、結局は壁を前提にした設計になっています。そもそも「お得に働く」ことが仕事の目的だったのか、という話で。3年で手取りが少し動くより、稼ぐほうを動かしたほうが早い。税金も社会保険も、そこは一緒に考えていいと思っています。
ただし、だから知らなくていいとは全く思いません。この制度には他と毛色が違うところがひとつあって、本人からは申し込めない。使うかどうかを決めるのは勤め先です。だからこそ、中身を押さえておく価値があります。日本年金機構の資料から整理します。
保険料調整制度は、本人負担だけを通算3年間軽くする
日本年金機構の説明では、保険料調整制度は「新たに健康保険・厚生年金保険の加入対象となる短時間労働者が就業調整せずに働けるよう」、事業主が被保険者の保険料を一時的に一部追加負担することで、通算3年間、本人の保険料負担を軽減できる制度です。
ポイントは、軽くなるのが本人負担の側だけだという点です。保険料の総額そのものは変わりません。本来は労使で半分ずつ負担するところを、一定期間だけ会社側に寄せる、という組み替えです。
軽減額は「標準報酬月額 × 保険料率 × 軽減割合」で決まる
計算式は機構が明示しています。軽減割合は標準報酬月額ごとに決まっていて、制度利用の3年目は1〜2年目の半分になります。
| 標準報酬月額 | 報酬月額(目安) | 1〜2年目の軽減割合 | 3年目の軽減割合 |
|---|---|---|---|
| 88,000円以下 | 93,000円未満 | 25% | 12.5% |
| 98,000円 | 93,000円以上101,000円未満 | 20% | 10% |
| 104,000円 | 101,000円以上107,000円未満 | 14% | 7% |
| 110,000円 | 107,000円以上114,000円未満 | 9% | 4.5% |
| 118,000円 | 114,000円以上122,000円未満 | 5% | 2.5% |
| 126,000円 | 122,000円以上130,000円未満 | 2% | 1% |
表を上から下へ見ていくと、軽減割合が25%から2%まで、一気に落ちていくのがわかります。月収が13万円に近い人には、この制度はほとんど効きません。ここは後で金額に直して見ます。
会社の負担は最終的に増えない。将来の年金額も減らない
事業主が追加負担した分は、いったん納付した後に3か月後の保険料額から差し引く形で還付されます。だから最終的に会社が納める保険料は増えません。制度の原資は会社ではなく、別のところにあるという整理です。
そしてもうひとつ、本人にとって大事な点。保険料が軽減されても、将来受け取る年金額は減りません。納めた額が少ないから年金も減る、という設計にはなっていません。ここは機構も繰り返し書いています。
よこまる
対象になるかは、従業員の条件と勤め先の条件の両方で決まる
ここがこの制度の一番わかりにくいところです。条件が従業員側と事業所側の二階建てになっていて、どちらかを満たすだけでは使えません。
従業員側の条件は3つ
機構が挙げているのは次の条件です。短時間労働者として健康保険・厚生年金保険に加入する人のうち、標準報酬月額が126,000円以下の人が対象になります。
- 週の所定労働時間が20時間以上(通常の労働者の4分の3未満)
- 標準報酬月額が126,000円以下(報酬月額おおむね13万円未満)
- 学生ではない
なお、2026年10月に短時間労働者の賃金要件(月額8.8万円以上)が撤廃されたので、加入の線引きとして残っているのは週20時間・企業規模・学生でないこと、の3つです。最低賃金の上昇で8.8万円は自然に超えてしまうため、要件としての意味がなくなったという経緯です。
逆に対象外となる人もはっきり書かれています。複数の事業所で社会保険に加入している人、70歳以上で任意に厚生年金に加入している人(この場合は健康保険料のみ対象)、そして産前産後休業・育児休業等で保険料が免除されている期間中の人です。
分かれ目は勤め先。2026年10月時点ですでに加入対象だった会社は対象外
そして本題です。制度が使えるのは、2026年10月1日以降に新しく短時間労働者の加入対象になった事業所に限られます。機構が挙げている対象は、2026年10月1日から2035年9月30日までに任意特定適用事業所となった事業所、および2027年10月以降の適用拡大で新たに特定適用事業所となった事業所などです。
| 対象時期 | 対象になる事業所(厚生年金の被保険者数) |
|---|---|
| 2026年10月〜 | 労使合意で任意特定適用事業所になった事業所(50人以下) |
| 2027年10月〜 | 36〜50人の事業所 |
| 2029年10月〜 | 21〜35人の事業所 |
| 2032年10月〜 | 11〜20人の事業所 |
| 2035年10月〜 | 10人以下の事業所 |
一方で、2026年10月1日時点ですでに特定適用事業所(任意特定適用事業所を含む)になっていた事業所は対象外です。つまり、従業員51人以上の会社で前から社会保険に加入して働いている人、あるいは2026年9月30日までに任意で加入対象になった会社の人には、この軽減は回ってきません。同じ月収・同じ働き方でも、勤め先がどの波に乗ったかで手取りが変わるということです。
そして、申し出るのは事業主です。対象になった日から2年を経過した日が属する月の前月までに、事業主が「保険料調整開始申出書」を出す必要があります。本人がどこかに申請して使える制度ではありません。
よこまる
月収別に、本人負担はいくらになるか
割合の話だけでは効き方がつかめないので、金額に直します。下の表は、機構が公表している厚生年金保険料(保険料率18.3%)の額と、健康保険料率10%の場合の例の、どちらも「被保険者負担額」を足し上げたものです。健康保険料率は協会けんぽなら都道府県ごとに違うので、あくまで率10%で置いた場合の目安として見てください。
| 標準報酬月額 | 1〜2年目の本人負担 | 3年目の本人負担 | 軽減が終わった後 | 1〜2年目に軽くなる額 |
|---|---|---|---|---|
| 88,000円 | 約6,226円/月 | 約9,339円/月 | 約12,452円/月 | 約6,226円 |
| 98,000円 | 約8,320円/月 | 約11,094円/月 | 約13,867円/月 | 約5,547円 |
| 104,000円 | 約10,596円/月 | 約12,656円/月 | 約14,716円/月 | 約4,120円 |
| 110,000円 | 約12,763円/月 | 約14,164円/月 | 約15,565円/月 | 約2,802円 |
| 118,000円 | 約15,027円/月 | 約15,862円/月 | 約16,697円/月 | 約1,670円 |
| 126,000円 | 約17,116円/月 | 約17,472円/月 | 約17,829円/月 | 約713円 |
月8.8万円なら本人負担は半分。12.6万円なら月700円ほど
表のいちばん上と、いちばん下を見比べてください。標準報酬月額88,000円の人は、1〜2年目の本人負担が約6,226円。軽減が終わった後の約12,452円のちょうど半分です。年に換算すると7万円強が手元に残ります。
一方、標準報酬月額126,000円の人が軽くなるのは月700円ほど、年にして8,500円前後です。同じ制度でありながら、効き方が8倍以上違います。
ここは読み方を間違えないほうがいいところで、「軽減を最大化するために月収を88,000円に抑える」のは、かなり筋が悪い。月収を13万円から9万円に落とせば、保険料で年7万円得をする代わりに、給与で40万円以上を手放すことになります。軽減の大きさは、収入を抑える理由にはならないという話です。
よこまる
3年目は軽減が半分になり、4年目で元に戻る
もうひとつ押さえておきたいのが時間軸です。軽減は事業所が制度の利用を申し出た月から通算3年間。3年目は割合が半分になり、3年が過ぎると本人負担は通常どおりに戻ります。
標準報酬月額88,000円の人で追うと、1〜2年目が約6,226円、3年目が約9,339円、4年目から約12,452円。3年かけて、2段階で元の水準まで上がっていく設計です。急に倍になるわけではありませんが、3年後に月6,000円の差が残ることは、入り口の時点で知っておく話だと思います。
なお、制度の利用は事業所が始めた月が起点なので、途中で入社した人は3年フルには使えません。機構の例では、制度利用の2年目に加入した従業員は、残りの2年間で軽減が終わります。
読み落としやすい細部が3つある
ここから先は、制度の輪郭だけ見ていると取りこぼす部分です。
賞与・介護保険料・子ども・子育て支援金は軽減の対象外
機構は明記しています。賞与にかかる保険料、介護保険料、子ども・子育て支援金は、保険料調整制度の対象外です。
これは40歳以上の人には実際に効きます。40歳以上になると健康保険料に介護保険料が上乗せされますが、その部分は軽減されません。表の金額はあくまで厚生年金保険料と健康保険料の本体部分で、40歳以上の人の実際の負担はこれより重くなります。賞与が出る職場なら、賞与分も通常どおりの負担です。
事業所単位で全員に適用。一部だけ、途中でやめる、はできない
制度は事業所単位で適用が決まります。そのため、制度を使う事業所に勤めている対象被保険者全員に自動的に適用され、希望した一部の人だけに使うことはできません。
逆方向も同じです。機構は「制度の利用を途中でやめることはできません」と書いています。本人負担を軽くするための制度なので、事業主の都合で引っ込めることはできない、という整理です。使うと決まれば、3年間は続きます。
手続きは紙。開始申出は電子申請ができない
細かいですが、開始申出書の提出方法は事務センターへの郵送または年金事務所への窓口持参で、電子申請は不可です。任意特定適用事業所になるための手続き自体は電子申請もできるのに、調整制度の開始申出だけ紙というつくりになっています。小さい事業所ほど後回しになりやすい形なので、使えるはずなのに申し出が出ていないケースは出てくるはずです。
制度より先に動かしたほうがいいもの
最後に僕の見方を書きます。この制度で手取りが変わるのは事実ですが、金額は月数千円、しかも3年で終わります。だからこれを軸に働き方を決めるのは、順番としてもったいない。仕事は、お得に働くことやコスパよく働くことが目的だったわけではないはずで、仕事を通じて何を実現したいか、どんな生活がしたいかという話のほうが先に来ます。軽減の有無を気にするより、稼ぐほうを動かしたほうが早い。壁の議論に乗って手を縮めるのは、僕はあまり得だと思っていません。
そのうえで、この制度の使い道を一つ挙げるなら、勤め先を選ぶときの材料だと思っています。同じ仕事ができる職場が他にもあるなら、制度を使っている会社かどうかを働く側が賢く選んでいい。そうやって選ばれる側に差がつけば、市場が動いて、社会のほうが変わっていきます。制度を知らないまま選ばないのは、本人の損であると同時に、社会としても損失です。知った上で「自分には月700円だから関係ない」と判断するのは、まったく構わないと思います。
働き方の方針は、誰かに決めてもらうものでも、会社が決めたものに従うものでもありません。自分がどう働くかを決めて、そこに責任を持つ。会社と個人は上下ではなく、価値の交換です。だから、交換の条件になる情報は、こちら側も持っておきたい。それがこの制度を読む意味だと思います。
まとめ
保険料調整制度は、2026年10月に新しく社会保険の加入対象になった事業所で働く短時間労働者について、本人負担を通算3年間だけ軽くする仕組みです。軽減額は標準報酬月額88,000円で月6,200円ほど、126,000円では月700円ほどと、効き方が大きく違います。申し出るのは事業主で、本人からは申し込めません。勤め先が使っているかどうかを確認するところが、実際の入り口になります。
出典:日本年金機構「保険料調整制度とは」「保険料調整制度の対象となる事業所・申出期限」「保険料調整制度の対象となる被保険者」「保険料調整制度を利用した場合の保険料額の計算方法」「2026(令和8)年10月に社会保険の短時間労働者に係る賃金要件が撤廃されました」(いずれも2026年10月26日確認)
※本記事は執筆時点の情報にもとづきます。税制・制度は変わることがあるので、最新は国税庁等の公式情報でご確認ください。一般的な情報提供であり、個別の税務相談ではありません。
note には、仕事やキャリアの考えごとを書いています
公認会計士・税理士として実務で見ていること、キャリアで迷ったこと、お金との距離感。答えの出ていない話も含めて置いています。

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