2024年10月から従業員51人以上の事業所へ拡大された「106万円の壁」(社会保険加入の判定ライン)は、2026年10月1日に賃金要件(月額8.8万円以上)が撤廃されます。企業規模要件のほうは同時には消えず、2027年10月から段階的に縮小して2035年10月に撤廃という順番です。パートやアルバイトで働く共働き世帯にとっては「壁を越えないよう働き控える」戦略そのものを再検討するタイミングです。僕は、手取りと老後年金の総合収支という2軸で、共働き世帯の最適解を整理します。
106万円の壁とは──社会保険加入の判定4要件
「106万円の壁」は、パート・アルバイトなど短時間労働者が勤務先の社会保険(健康保険+厚生年金)に加入するかどうかを判定する年収ラインです。単に「年収106万円」で決まる話ではなく、次の4つの要件をすべて満たすと加入義務が生じます。
「週20時間・月88,000円・2ヶ月超・学生除外」の中身
- 週の所定労働時間が20時間以上(残業を含まない契約上の時間)
- 月額賃金が88,000円以上(年収換算で約106万円。通勤手当・時間外手当・賞与は含まない)
- 雇用期間が2ヶ月を超える見込み
- 学生ではない(休学中・夜間・通信制などは例外的に対象)
4要件のうち、実務でつまずきやすいのは月額賃金の判定です。時給1,100円で週20時間・月4週なら月額88,000円に到達します。時給が上がった年度に、いつのまにかラインを越えて加入対象になる、というケースが増えています。
配偶者被扶養の130万円の壁とは別物
106万円の壁と混同されやすいのが、配偶者の健康保険の被扶養者から外れる「130万円の壁」です。両者は判定するものが違います。
- 106万円の壁:自分の勤務先で社会保険に加入するかの判定(勤務先の規模・労働時間などが条件)
- 130万円の壁:配偶者の健康保険の被扶養者から外れるかの判定(配偶者側の保険組合の基準)
106万円で加入対象になった場合は、130万円の壁は自動的に無関係になります(すでに自分で加入しているため)。逆に106万円の要件に該当しない働き方であれば、130万円までは配偶者の被扶養者として保険料負担なしで働けます。
2026年10月に賃金要件が撤廃、企業規模要件は2027年10月から段階的に
2025年6月に成立した年金制度改正法で、2つの改正が別々のスケジュールで進みます。まず2026年10月1日に賃金要件(月額8.8万円以上)が撤廃され、判定の主役が賃金から労働時間へ移ります。企業規模要件はそのあと、2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上と縮小し、2035年10月に撤廃されます(日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」)。賃金要件の撤廃で何が変わるかは106万円の壁の撤廃と「週20時間の壁」の記事で詳しく整理しています。
小規模事業所が対象になるのは2027年10月以降
個人経営の飲食店・地域の小売店・小規模事務所など50人以下の事業所で働く場合、週20時間以上で働いていても、いまは社会保険の加入対象外です。ここは2026年10月の改正では変わりません。36〜50人の事業所が対象になるのが2027年10月、21〜35人が2029年10月、11〜20人が2032年10月、10人以下が2035年10月という順番です。
対象になる人・ならない人の判定フロー
2026年10月1日以降の判定は、賃金要件が外れるぶんシンプルになります。次のフローで整理できます。
- 勤務先の厚生年金被保険者が50人以下 → 対象外(2027年10月以降、順次対象へ)
- 週の所定労働時間が20時間未満 → 対象外
- 雇用期間が2ヶ月以内の見込み → 対象外
- 学生 → 対象外
- 上記すべてクリア → 月額賃金にかかわらず加入対象
2026年9月30日までは、ここに「月額賃金88,000円以上」という条件が入ります。10月1日からは、その1行が消えるという理解で大丈夫です。
年収別・総合手取りシミュレーション(協会けんぽ2026年度)
「壁を越えると損」というイメージが根強いのは、社会保険料が引かれて手取りが減る局面だけを切り取っているからです。実際は、加入によって将来受け取る老齢厚生年金も増えます。ここでは、協会けんぽの2026年度標準保険料率(健康保険10.00%・厚生年金18.30%、いずれも労使折半)をもとに、年収別に整理します。
100万・120万・140万・160万の比較
下表は「106万円未満で働き控えするケース(100万円)」と「壁を越えて働くケース(120万・140万・160万)」を並べたものです。社会保険料は本人負担分のみ、所得税・住民税は基礎控除58万・給与所得控除55万・社会保険料控除を加味した概算です。
| 年収 | 社保加入 | 本人社保負担 | 所得税+住民税 | 年間手取り |
|---|---|---|---|---|
| 100万円 | 非加入 | 0円 | 約0円 | 約100.0万円 |
| 120万円 | 加入 | 約17.0万円 | 約0円 | 約103.0万円 |
| 140万円 | 加入 | 約19.8万円 | 約0.3万円 | 約119.9万円 |
| 160万円 | 加入 | 約22.6万円 | 約2.5万円 | 約134.9万円 |
年収100万円と比べて120万円で加入した場合、年間手取りは3万円ほど増えます。140万円まで働くと約20万円、160万円で約35万円の増加です。「加入すると社保が引かれて損」という単純な話ではないことがわかります。
老後年金の増額を含めた20年トータル収支
厚生年金に加入すると、加入期間と平均標準報酬に応じて老齢厚生年金が上乗せされます。報酬比例部分は「平均標準報酬月額 × 加入月数 × 5.481/1,000」で概算できます。
| 年収 | 老齢厚生年金の増額(年額) | 受給20年ベースの累計 | 手取り増加 × 20年 | 20年トータル差 |
|---|---|---|---|---|
| 100万円(基準) | 0円 | 0円 | ±0円 | ±0円 |
| 120万円 | 約13.2万円 | 約263万円 | +60万円 | +約323万円 |
| 140万円 | 約15.4万円 | 約308万円 | +398万円 | +約706万円 |
| 160万円 | 約17.6万円 | 約353万円 | +698万円 | +約1,051万円 |
20年働き続け、その後20年老齢厚生年金を受け取る前提で見ると、年収120万円で加入したケースでも累計プラスは約323万円。140万円・160万円と働く年収を上げるほど、トータル収支の差は加速的に広がります。ここには、健康保険加入によって受けられる傷病手当金・出産手当金や、障害年金・遺族年金の充実といった保険給付の価値は含めていません。
「壁を越えたほうが得」な年収ラインの世帯戦略
数字だけを見ると「壁を越えて働くほうが総合的には得」というのが基本線です。ただし、家庭内での役割分担や体力・時間の制約もあり、すべての世帯が同じ結論になるわけではありません。ここからは、共働き世帯として「どのラインを目指すか」を再設計する視点をまとめます。
若い層ほど老後年金の複利効果で得しやすい
老齢厚生年金の増額分は、加入期間が長いほど増えます。30代で加入を始めれば、65歳受給開始まで25〜35年の積み上げが可能。老齢厚生年金は終身給付なので、平均余命まで受け取り続ければ想定より大きく上振れる可能性もあります。
逆に、あと数年で60歳という年代であれば、加入期間の短さで年金増額のインパクトは限定的になります。この場合は、健康保険料の負担増と手取り減の比較が中心になり、加入するかしないかの判断は分岐します。
iDeCo・新NISAとの併用で受取り時の課税を圧縮
厚生年金に加入して老齢厚生年金が増えるということは、老後の課税所得が増えるということでもあります。公的年金等控除内に収まれば影響は小さいものの、退職金や企業年金と重なると課税ラインを超える設計になりがちです。
ここで有効なのが、iDeCoの受取方法の設計と、新NISAの成長投資枠を使った非課税運用です。iDeCoは受取時に退職所得控除・公的年金等控除が使え、新NISAはそもそも運用益・売却益が非課税。詳しくはiDeCoの出口戦略記事と新NISA成長投資枠の記事で整理しています。
まとめ──共働き世帯の再設計視点
106万円の壁は、2026年10月1日の賃金要件撤廃で「週20時間の壁」に置き換わります。ポイントを整理すると次の通りです。
- 2026年9月30日までの加入判定は「週20時間・月88,000円・2ヶ月超・学生除外」の4要件(+企業規模51人以上)
- 2026年10月1日からは月88,000円の要件が外れ、週20時間・2ヶ月超・学生除外の3要件で判定
- 企業規模要件が完全に撤廃されるのは2035年10月。それまでは2027年・2029年・2032年と段階的に対象が広がる
- 年収120万円で加入しても、老後年金を含めた20年トータルでは約323万円のプラス
- 140万円・160万円と働くほど、総合収支のプラスは加速的に広がる
- 若い層ほど厚生年金の加入期間が長く、複利的に得しやすい
- iDeCo・新NISAとの組み合わせで、受取時の課税影響も抑えられる
「働き控え」で壁の内側にとどまる選択と、壁を越えて社会保険に加入する選択は、どちらも合理性があります。世帯として決めるべきは「今年いくら稼ぐか」ではなく、「20年後・40年後の家計をどう安定させるか」という視点。共働き世帯として、パートナーとの合意を含めて再設計してみてください。
※ 本記事は2026年8月時点の情報をもとに作成しています。税制・社会保険制度は変更される可能性があります。最新情報は厚生労働省・日本年金機構・国税庁ホームページ等でご確認ください。本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・社会保険相談を提供するものではありません。シミュレーション数値は標準的な前提での概算であり、個別の勤務条件・保険料率改定により結果が変わります。
note には、仕事やキャリアの考えごとを書いています
公認会計士・税理士として実務で見ていること、キャリアで迷ったこと、お金との距離感。答えの出ていない話も含めて置いています。


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