iDeCoの受取方法(一時金・年金・併給)と、退職金と重なる時の「10年ルール」「19年ルール」——制度全体はこちらの解説記事で整理しました。本記事はその実例集として、同じ人物・同じ金額を出発点に受取順序だけを変えた5ケースを並べ、手取りがどれくらい動くのかをシミュレーション表で見える化します。判断の「なんとなく」を減らすための資料としてお使いください。
本記事の位置付け——制度解説ではなく「実例集」
iDeCoの受取税制の基本、退職所得控除・公的年金等控除の計算式、10年ルール・19年ルールの意味については、iDeCo出口戦略2026|一時金・年金・併給の使い分けで解説しました。本記事はその続編として、同じ主人公・同じ資産を出発点に受取順序と方法だけを変えた5ケースを比較し、手取り差を数値で示します。
この記事で扱う5ケース
- ケースA:60歳で退職金・iDeCoとも一時金・同時受給
- ケースB:60歳でiDeCo一時金 → 65歳で退職金一時金(5年空け)
- ケースC:60歳でiDeCo一時金 → 70歳で退職金一時金(10年空け・再雇用延長)
- ケースD:60歳で退職金一時金・iDeCoは年金10年分割
- ケースE:60歳で退職金一時金+iDeCoの一部を一時金・残りを年金の併給
共通の前提モデル——「Aさん」の設定
Aさんのプロフィール
全ケースで同じ人物を主人公にします。前提の違いを排除して、受取順序と方法だけで差が出る構造にするためです。
- 22歳新卒で入社し、60歳定年退職を予定(勤続38年)
- 会社の退職金:1,500万円(一時金・年金・併給から選択可)
- iDeCo残高:800万円(38歳から加入・加入年数22年)
- 60歳時点で他の給与所得なし・公的年金は65歳から年間220万円受給予定
- 共働き夫婦・配偶者にも別途年収400万円あり(本記事の試算には無関係)
退職所得控除の枠(前提理解)
退職金1,500万円に対する退職所得控除:勤続38年 → 800万円+70万円×18年=2,060万円。iDeCo800万円に対する退職所得控除:加入22年 → 40万円×20年+70万円×2年=940万円。それぞれ単独で受け取れば税負担ゼロですが、同時期・近接期に受け取ると控除枠が重複調整されます。ここが受取順序を工夫する余地です。
5ケース比較シミュレーション表
あくまで概算値であり、他の所得・年齢・社会保険料の実額によって変動します。所得税・住民税の合計目安として捉えてください。
| ケース | 受取イメージ | 税負担の目安 | 手取り総額の目安 |
|---|---|---|---|
| A 60歳同時一時金 | 退職金1,500万+iDeCo800万を同年一時金 | 約20〜30万円 | 約2,270〜2,280万円 |
| B 60歳iDeCo→65歳退職金 | iDeCo一時金5年後に退職金一時金 | 約90〜120万円 (10年ルール抵触) |
約2,180〜2,210万円 |
| C 60歳iDeCo→70歳退職金 | iDeCo一時金10年後に退職金一時金 | 約0円(両方フル控除) | 約2,300万円 |
| D 退職金一時金+iDeCo年金10年 | 退職金一括・iDeCo年80万円×10年 | 約60〜100万円 (雑所得+国保料) |
約2,200〜2,240万円 |
| E 退職金一時金+iDeCo併給 | iDeCoの半分400万を一時金+残り400万を年金5年 | 約30〜50万円 | 約2,250〜2,270万円 |
差の最大値はケースC(約2,300万円)とケースB(約2,180万円)で約120万円。同じ資産・同じ金額でも、受取順序と時期の設計で家一台分の差が出ることが分かります。
ケース別の要点解説
ケースA・B・Cの違いは「iDeCoを先取りしたあと何年空けたか」
ケースAは同時受給のシンプルパターン。退職金+iDeCoの合計2,300万円に対して、退職所得控除は勤続年数の長い方(38年=2,060万円)が採用される仕組みです。加入年数の短い側の控除は原則使えません。控除超過分240万円の1/2にあたる120万円が課税退職所得となり、税負担は約20〜30万円で収まります。
ケースBは「先iDeCo→5年後退職金」。2026年1月以後の「10年ルール」に抵触するため、退職金側の退職所得控除の勤続年数がiDeCo加入と重複する分だけ調整されます。結果として控除枠が実質的に縮み、税負担が90〜120万円まで膨らみます。5年ルール時代に「iDeCoを先に受け取れば有利」と紹介されていた戦略は、2026年以降は成立しにくくなりました。
ケースCは「先iDeCo→10年後退職金」。10年ルールをクリアしているため、iDeCo側も退職金側もそれぞれフルの退職所得控除が使えます。両方合わせて2,940万円の控除枠に対して受取総額2,300万円なので、税負担はほぼゼロ。ただし70歳まで雇用延長できる制度が会社にある前提での話です。
ケースD・Eは「年金化・併給で控除を分散」する戦略
ケースDは退職金を一時金・iDeCoを年金10年分割で受け取るパターン。退職金1,500万円は控除内で無税ですが、iDeCoの年80万円は「雑所得(公的年金等)」として65歳以降の公的年金220万円と合算されます。合計300万円に対する公的年金等控除は約110万円なので、課税所得は約190万円。所得税・住民税+国保料の増加分で合計60〜100万円の負担増となります。
ケースEは併給を活用してiDeCo一時金分を控除内に収める設計。退職金1,500万+iDeCo一時金400万=1,900万円は控除2,060万円の枠内で無税。残り400万円のiDeCo年金は年80万円×5年で受給し、雑所得の影響を最小化します。手取りはケースAとほぼ同水準ながら、生活資金のキャッシュフローを月々確保できる利点があります。
実務で判断するときの3つのチェックポイント
①「会社の退職金制度で選べる選択肢」を先に確認する
ケースD・Eのように併給や年金分割が使えるかは、勤務先の退職給付規程次第です。確定給付企業年金(DB)や厚生年金基金がある会社は年金化・併給の選択肢が広く、退職一時金制度のみの会社は一時金一択のことも多い。在職中に人事担当部署へ「退職給付規程の写しをください」と依頼し、選択肢の実物を把握するのが最初の一歩です。
②「10年ルール・19年ルール」の空ける期間を必ずカレンダーで計算
iDeCoを先に受け取る場合の10年ルール、退職金を先に受け取る場合の19年ルールは、それぞれ「受取日から何年空いているか」で判定されます。ケースBのように「なんとなく60歳でiDeCo、65歳で退職金」と決めてしまうと10年ルール抵触で税負担が跳ね上がります。受取日をカレンダーに置いてルールに抵触しないか事前に確認しましょう。
③ 手取りだけで決めず「生活資金の必要額」とセットで見る
ケースCが手取り最大でも、70歳まで働くのが現実的でなければ選べません。ケースEのように「月々の生活資金を年金でカバーし、大きな支出は一時金で対応」する設計は、金額としてはケースAより数十万円劣っても納得感の高い選択になり得ます。手取り比較表は判断の起点として使い、最終決定は生活設計とセットで行うのが実務的です。
まとめ——受取順序の設計は「退職の3〜5年前」から始める
5ケースの比較で見たように、iDeCoと退職金の受取順序・方法によって手取りは最大120万円動きます。ケースBのような「よかれと思って先取りしたら10年ルール抵触」のパターンは、事前に受取カレンダーを引いておけば避けられる失敗です。退職の直前ではなく3〜5年前から、会社の制度・iDeCoの残高・65歳以降の公的年金見込額を並べて、自分に合ったシナリオを1つに絞っていきましょう。iDeCoの入口(2026年12月の上限拡大)と対にして考えることで、拠出フェーズの節税効果と受取フェーズの手取り最大化を両方取りに行けます。
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※ 本記事は2026年7月時点の情報をもとに作成しています。税制・制度は変更される可能性があります。最新情報は国税庁ホームページ等でご確認ください。本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務相談を提供するものではありません。手取り試算はモデルケースの概算であり、実際の税額・社会保険料は他の所得や家族構成、居住地の保険料率により変動します。
note には、仕事やキャリアの考えごとを書いています
公認会計士・税理士として実務で見ていること、キャリアで迷ったこと、お金との距離感。答えの出ていない話も含めて置いています。


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